SpaceOpera 的視点

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ヒトリ会議

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SpaceOpera 的視点4月のスケジュール

 

今日は仕事を終えて、自分自身のTarotをやってみました。

カードの面白さというのが、はっきりしました(笑)

タロットと違う筋書きみたいなのが、

別の身体の視点からみたらこんなに拡がるんだなと。

その途中でものすごい睡魔が起こって、そのまま寝てしまっていました💦

 

結局のところ、わたしという人物は創造力の使い方が不慣れである。

という事が判明しました。

人体(共有財産、共有している創造ブツの地球)の世界と、

身体をもたない部分的な意思の創造力がまだ不一致というか、拒絶反応、

移植不適合みたいなまだまだトレーニング中であるとの事。

人体と意識の距離感にまだ隙間みたいなのがあって、

意識と人体との伝言ゲームがどこかでズレているところがある。

 

例えば意識の伝言ゲームが日本語として繋がっているのに、

急に外国の方が日本語翻訳をしたところがあって、

その意味というか言葉の組み合わせの誤差、

言葉の用いり方が外国の方が翻訳した日本語みたいな不安定なところがある。

 

観えれば観るほど、礎という記号がとても大事なモノに受け取れてきました。

暫し続いていた「建て替え」というイメージ。

 

なるほど。

もっともっと深みに入って創造の礎に入って往く事で、

観る世界のトーンは安定してくるんだなと。

 

まだまだ知れるという事と、

まだまだ創造という本格的な分野に入って居なかったんだと実感致しました。

 

考える事がきっかけでイメージが顕れたり、そのイメージ画像がコマ割りのようにある。

パラパラ漫画みたいなモノは、時間という枠が管理していて、

そこには動きとか時間と言う光のエネルギーが、

まだ注がれていない未開封の時間である事。

 

すこしづつ、動きという根底の仕組みみたいな理屈というか(笑)

時間庁みたいなところがあって(各々に)、それが人体世界と上手く連鎖し始めると、また一人体としての活動の影響力というのが、

具体的に塗り替えられて往くんだろうなとわかりました。

 

ほんとうにひよっこなんだな、と受け止められた時に、

だからこそ観える狭間があるとう感覚になりました。

 

人体の記憶の浅瀬と、コスモロジー的な記憶の浅瀬の融合。

この浅瀬は入り口です。

そこからどんどん創造の解像度を上げて往こうと錨が降りました。

 

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