SpaceOpera 的視点

夢の調査員として夢の世界を研究中/夢解き/夢リーディング

夢を記録する経緯

Space Opera - ホームページ

spaceopera6月の活動 -

 

先日からSpaceOpera的夢事典を綴っております。

amebloでやっていたのですが、

こちらに夢事典を移して往こうと想い合間を観て移動させて居ます。

amebloの時のままではなくて、もう一度見直して訂正したり、修正していっています。

 

日付を観たら2013年の10月から載せていました。

載せるまでキーワードの記録を一年以上かかってから、

ブログに上げて行ったので2011年~2012年あたりから記録していたと想います。

 

それまではポメラというテキスト入力専用の、

デジタルメモを持ち歩いてずっと喫茶店やカフェで入力していました。

何度入力しても記録が残らない「行」がありました。

 

なんでブログに上げようかと想ったかと言うと、

その時ビジネスやブログの使い方の講座があったので、

生れてはじめてそうのような会に参加。

その時の講師が、たまたまわたしのブログを観ている方だった。

 

ブログのアドバイスを受けて

「あなたのブログは辞書化させてみるといい」と言われた事から。

 

ただ単に毎日の事を書くのではなしに、こんなに基礎もない状態で、

仕事として何年も成り立って居るんだったら大したもんだと褒められた。

それから今まであなたのところに来てくれた方や、

これから来る方のために「辞書」を意識して続けて観たほうが良いのでは、

という事だった。

 

その時は今の様に、ほぼ毎日上げていたのではなくて月に何回かくらい。

少しでも良いから毎日上げる事を日課にしてみなさい。とも言われた。

 

それから何年も経っているけど、ほぼ毎日続けてみると、

一日の大掃除的な感覚でブログをあげている。

 

不思議なんだけど

「わたしの今日は在ったのだ」と、いう認識を固めているみたいな具合。

在るかないかわからない時間を一生懸命固めて、

24時間サイズに圧縮して書いている感覚です(笑)

書きながら「辞書化」というテーマを忘れていた。

 

これはあくまでのSpaceOpera的視点なのでありますから、

一つの側面、一つの参考くらいでのお目通りを。

 

 

今ではamebloは、パズルゲームの時しか利用していない。

それも閉じようと想って、こちらに移せるものは移行して往こうと。

amebloの過去記事もこれが終わったら、アカウント毎削除しようと想います。

 

それで、夢事典の経緯があったのでこれもついでに掲載します。

 

「夢の調査員として記録する経緯」

2013年10月25日

 


地球の睡眠
地球の夢。

 

夢の音というを音波を使って睡眠に導かれる…

 

どんどん睡眠中の脳波の静けさが、何段階かにわけて水面化していく。

身体が空間に溶けていっているような感触。

 

そんな満ち潮、引き潮のような意識の体験を繰り返しながら、

その日の記憶が、その日の意識が、またクリアに戻るゼロ体験を行っているようにも観じます。

 

夢の誘導の音、懐かしい鳴き声のような。
それは記憶を辿ると、海に生息するくじらの鳴き声、くじらの音波だと思ったのです。

 

わたしが夢に興味をもったきっかけは、

幼稚園の時の不思議な体験からでした。


二階建ての二階のひとつの和室で、両親、弟、私という順番で川の字になって寝ていた時です。

うっすらと眠りから覚めて、なんとなくの無音の空間。
空間が安定していないような、空間に波を感じました。
おそらく深夜の深い時間だったと思います。

 

目は覚めていても身体が動きませんでした。
声も出ない、ただただ何時もの様子ではない緊張がありました。

黙って天井を見ていると、電気器具の周りが青白くポワポワと光っていて大きくなったり、小さくなったり。
蚕が呼吸をしているような様子。

 

怖いながらも、わたしはそれを眺めていました。

暫くすると、その青白い光は天井中に稲妻のように横に走り、照明器具のまわりにひとつに集まり、まるで下から見たU.F.Oのようでした。

(その時はわかりません。青白く光るドーナツみたいでした)

 

輪の中からなにやら声が聞こえてくるのです。

 

なにを言ったかは割愛させて戴きますが…(笑)


気がつくと朝になっていました。

母が私を抱き起こして抱きしめていました。


様子がおかしかったようで、なんど起こしても起きなかったようです。

 

このような出来事が、小学校の時の体験学習会で泊まったお寺でも起こりました。

朝、目が覚めると、私のマワリにクラスメイトがぐるりと囲んで私の目覚めを待っていたのです。

私を抱きかかえて、呼んでいるのは学級員のAちゃん。

 

私の目覚めを観て一言。

「死んているのかと思った・・・」(笑)

 

何度も、

何度も私の身体を揺すったり、たたいたり(笑)してくれていたのだそう。

しぶとい寝入りです。

 

何度となく、夢の狭間には「白い犬」狛犬のような存在が居た…という事も覚えています(笑)

まるで神社のような厳粛な空間。

 

夢の入り口にある「水」と「犬」


そういった現象が幾つか重なり、

夢と現実との違いが、幼い頃はどちらが夢ので、どちらが現実の中なのか…わからない事が多々あり、なんとなく悲しい思いがこみ上げていく幼少時代。

 

部屋でボーっとしていると、斜め上空を歩く小人、重たそうな鎧を着て叫んでいる武士。

幾つもの空間、いくつもの場面がひとところに重なっているのです。

 

ひとつの場所に、いくつもの場面が重なっている。

まるで、学校の授業で使っていたプロジェクターの上にいっぺんにフィルムを重ねているような。

そんな(笑)錯覚!?

不具合を体験しながら、過ごしていたのでした。。。

 

夢のリアルな体感は続きます。

 

吊り橋を渡りながら、川の流れの美しさや水の音、山の煌めき。

楽しくハイキングをして喜んでいる自分。
しかし、自分とわかっているのですが、自分だと思っている人は男性としてそこに存在しているのです。

あれはわたしだ…という妙な既知感。

 

いったこともないギリシャの海、マチュピチュの神殿、

空間に存在するピラミッドの補給施設。

いくつもの時代を巡り、いつくもの銀河、宇宙を旅する夢。

 

小さいながらも不思議で不思議で、夜は旅に出るような感じ。


それから、ずいぶんと大人になって夢日記をつけるようになり、
毎日記してはいなかったのですが、とても気になった夢や、キーワード、感触、夢の中で存在していたキャラクターや、言われたことなど。

ひとつひとつ書き記し、未来にむけての暗号を自分でしたためているようでした。


二十歳を迎える頃からか、

一歩先の事柄、明日、一週間後、二年後、…と早めの未来の一場面と共振するようになり、それを自らが体現している事実に「夢は夢ではない、共振の世界」と強く知っていくようになりました。

 

夢からの知らせ…は、全部のわたしからのメッセージ。

 

しかしながら、それを知ったからといってその時には解明できなかったり、意味がわからなかったり、ただ「ああこれ知っていた」というような場面の繰り返し。

少し先の未来と呼ばれる空間、もしかしたら開かれるであろうもうひとつの扉。

人は幾つもの階層に意識を伸ばしているような感覚。

なにげに閃く言葉や、メッセージ。
他人のようで、他人ではない、どことなく心地の良いエールなど。

夢の領域も、わたしにとってはそんなポジションであるのです。


現実と夢というカテゴリーは別れど、その言葉やシンボルは共有のサインであること。

それはわたしが実体験から、得られた答えでした。


次元、空間違いの自分からのメッセージ。

みなさんの日常生活にお役だて、歩みよい地球生活のひとつの目盛りとして活用いただけたらと思います。

 

f:id:spaceopera13seed:20180615231814j:plain