♠SpaceOpera 的視点ノ語り場

夢観察師として夢の世界を研究中/夢解き

戴いた感想 ぬり絵編その2

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こんばんは。
ワークショップありがとうございました!
塗り絵で色々なことがわかるんですね。

まず家にあった色鉛筆、色が薄くて塗りづらそうでいまいちだなーと思ったのですが、
「それなりにできるから問題ない。むしろこれを使うことが最終的に自分にとって意味のある発見につながるのかもしれない。どんな形でも対応できる。」と謎の自信!笑


塗りはじめてからの「5色だけで表現できるところまでやる」というのもそうでしたが、とりあえず、

今あるものを最大限に活かして表現しようとする癖があるんだなとわかりました。
ここはもう少し身軽にというかサクサクと一番ベストだと感じるものをチョイスするということがあってもいいなと思いました。

欲張りなのでこれでどこまでできるのか見てみたいというのもあるんですよね。

塗りながら、塗り絵の過程を人生に例えてみると、自分では今後どこに向かうのかある程度のイメージがないと進めないタイプだと思っていましたが、実は何も決めてなくてもやりながらその都度感覚で決めて進んでいけるタイプだったのか!と気づけてびっくりしました。
全くどんな仕上がりになるのか予想できない状態でも最後は納得のいくものが出来上がるという、ここでも謎の自信があって、迷ったりたいして悩むことなく自分の塗りたいように自由に楽しく塗れました。

先が見えないということが自分が進んでいくにあたって何の障害にもなっていなかった、むしろ見えないからこそ自由に楽しんで歩んでいけていたんだと気づけて驚きです。
先が見えないと進みづらいという思い込みが破壊されましたよ。塗り絵効果ですね!
そもそも先なんてないというか自分で歩んだそこが先になるわけですし。

あとは、時間内に完成させるということと、最後にバランスをとるということを意識していました。途中どんなにバラバラでもどんな状態でも最後の調整で全体のバランスをとれる(納得のいく完成ができる)と思っていました。

心のままに楽しみながら歩んでいけば最終的にどんな形になっても納得のいく自分らしい生き方(表現)となるとわかって安心しました。

塗り絵あなどれないですね!
楽しかったです!それではまた🎵

 

その後----->>>>

 

ワークショップから一日経って、感じたことを書かせてください!

昨日から同じことを何度も言ってて結構くどいですが誰かに聞いてほしくて、笑

既知ではなく未知を歩むには、自分のコアな部分だけ認識し、思いのままに生きていくことで可能なのではないか。
そのときに世間の正解はもちろんだけれど、自分にとっての正解(正解は幻想にすぎない)も求めないのもポイントかもしれない。

想像力豊かでどこからともなくイメージが湧いてくる人はそれを元に今までにない道(未知)を歩めるかもしれないけれど、そうじゃない人はどうすればいいんだ?既知じゃない道ってどうすれば歩めるのか?実際どうやって?という疑問に、今回の塗り絵ワークショップで感覚で腑に落ちた感じです。

瞬間瞬間に創造されていく、生まれていく感覚がリアルに残ってて、完成図がなくても進める感覚、未知には完成図ってないですね。

なみさんもブログに書かれてましたが、未知を歩んでいった先にあるのはこうなったという結果があるだけで、答えに辿り着くというのではない気がします。自分でも予測不能面白さ、答えとか正解とか気にせず自由に楽しめる、それが未知の人生なのかなと。

ふぅー、スッキリ。
読んでくれてありがとう💛

 

 

★Nさん、ありがとうー!!

Nさんから戴いた感想を読みながら、更に落とし込めている状況です(笑)

冒頭の「意味のある発見」というワードも、意味があるもんだ。という想いこみだったり、意味がある事に価値をおきがちなのもあるなと気が付きました。

たぶんそうした方が頭脳的に、ボディー的に、思想的に救われるんだなと想ったのです。

意味がある事=価値。みたいなところもあって、意味がない=無駄。という考え方になりがちなんだと。

これって例えば何度かぬり絵とか、植物を枯らすとかデータとってゆくと無駄がないと価値が発見できないなと想えてきたのです。

一回しかしないから「無駄」にしやすいのかもしれない。

もしかしたら無駄な事をずっとやっていると、それってある意味アートとか芸事に繋がる事なのかもしれないな、って、やり続けてみた事で新しいジャンルが立ち上がったりできるのかもしれない。やるかやらないかは別として(笑)

結果を観てそん時に自分自身がどうなっているか、とかその時の自分に合わせた歩み方が新鮮な状態なんだなと。

 

Nさんの場合、予測とかするんだけどやっぱりその時の瞬間に共鳴して座標軸を作りかえているような気がしたぬり絵だったな、と想いました。

話している時もそう想うし、メールでのやりとりの中でも都度更新しているような感触です。

だからかな(笑)既存の生活感が観じられないというか、もちろん日常生活は確実にされている方だというのも知っているけど、人間臭みたいなのがないような気がしました(笑)

 

先が見えないということが自分が進んでいくにあたって何の障害にもなっていなかった、むしろ見えないからこそ自由に楽しんで歩んでいけていたんだと気づけて驚きです。

 

これってめちゃイイ具合ですよね!薄々観じていた事をちゃんと言葉に替えて誰かに伝えてみる事で頭脳も身体も理解深めて現実味を帯びてくる。

自分だけで終了させないって事が大事なんだなと想うし、幻想とか遺伝的な思想や、自分史を塗り替える行為/厚意だなと想っています❣

 

やっぱり体験を通して得られる事が深いし、速いし、半永久的に刻まれるような気がしている。聞いただけとか見ただけというとよく覚えてない事も多いし、感覚と体験が繋がらないからピントが合わずだったり。腑に落ちず不完全燃焼、または消化不良のままになってしまってる。

 

やっぱりアナログですね(笑)

あと時々はナマミのヒトと逢って温度感を観じるという事で、言葉以外の安心だったり次に繋がる勇気になったりするな、とナマミの世界の活かしあいを学んでおります❣

いつもありがとう!!Nさん!!