ナミさま
Aです。
14日、および、
「事故との遭遇」に関しては、思うこと、感じること、さまざまに
モヤモヤがずーっとあって、どうしたもんかと観察していました。
「もっと、やれること(防げる方法)があったのではないか」
常に、これが付きまとっていたんです。
2週間も前から、事故現場周辺への強い関心があったこと、
その日はジムへ気乗りしなかったにのもかかわらず、
行かねば…!と慌てて準備して出かけたこと、
これらは、本当は行くな!って、カラダが信号をだしていたのに、
無視した結果の事故だったのではなかろうかって。
ナミさんの体験やお話をききながら、
人生で、避けられないイベントはあって、けれどもそのことによる
ダメージを軽減するための様々なイベントも同じように用意されて
こともあるのかもしれないって、気が楽になりました。
避けることが善きこと、
避けられなかったことが、悪しきこと、
この観念もあるかなと思いますが、事故にあったことで
何かのバランスを取ったのだと思うようにします!
音叉ありがとうございました。
リアルに音を聴きながらだと、
いつか、対面でも、やってみたいです。
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Aさん、先日はありがとう御座いました!
物理的に身体に衝撃、impactが残るとダメージとして記録されてしまう。
本人が思っている以上に身体細胞に記録されているから、似たような現象が起こると刺激されて発作みたいになったり、忌み嫌う事物として印象を残してしまうので、一件見える範囲怪我がないから大丈夫とか、強いふりとか人ってしがちだなと思います。
面倒だから早めに終わらせたいとか。
長い目で状況を見積もるとか、専門家に任せたり、正義のバイヤスにかかって、当然の事を見落とさないようにしないといけないなって思う事もあります。
あと人間の頭脳的な解釈とか、人間都合で状況を留めてしまい、善悪だったり、間違い正解とかの二元論に陥りやすいなって思います。
頭脳由来の落としどころと、身体優先の状況先取り感は全く違った働きを見せる事がある。咄嗟に身体動く事や、何気なく通ってしまう無意識の行動の結果って、不思議と理屈では解けない結果や、現状を生み出したりする。
世の中も世の外も、人類も一筋縄では結び付けられない事もあるので、繋がらないモノもあるんだなって保留にしておく事もメンタルトレーニングになったりしますwww
繋がるまで寝かせておくとかw
ちょっと話はズレるかもしれないけど、今日参加したミーティングで「好きなモノを運任せにできないですよね」と発言された方が居て、とても生々しくて良いなと思いました。人間界wで起こる事を人間界の理屈で解釈するのって、なんとなく運任せという妥協案になるような気がして、意味や理由をつけるのならもっと生命の欲望にしたがった意味付けや理由付けの方が積極的だなと思えたのです。
サレンダー出来ているタイプと、聞こえよく天任せ、運任せという言い方で放棄しているタイプ、「事」ってあるなと思うので、できるだけ2021年は積極性が誰しも必須だと思いす。
積極性を推しているのではないですが、せめて能動的解釈の方が身体は報われるんじゃなかろうかとwww
すんません脳みそ整理できない状態で書いてしまいましたが、次回ぜひリアル音叉の体験をしてみて下さい❣骨や身体に音の共鳴を味わってみてほしいです!
この度は有り難うございました!!
例の仕事がんばってくださーい( *´艸`)
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