きょうは何とも怖い夢を観てやっと起きれました。
と、言うのが、覚めても覚めても夢の中で、
まるでマトリョーシカの部屋の中で寝ていたようになっていたのです。
クワバラクワバラ。
本気で外に出たいと切望しないと、
幻想の壁、陰は通過できないというのを身を持って味わったような気分です。
外と言っても自分の内の話なんだけど(笑)
出ても出てもまだ自分の中というのがなんとも苦しい感触が、
起きても暫く続いていた。
ここまで来たらどこまで外みたいなところを知れるか。
という発想にした方が楽になる。
第一外、第二外、第三外、みたいなノリです。
本当に夢というのは不思議ですよね、奥底から湧き水のように出てくる。
また鏡の反射のように反射しあっている。
時空間移動ってこんな事なのかな、なんて夢をみながら体力の必要性を実感しております。
夢の中のスピード、多分速さの世界で動いてなくて、
むしろ距離のない世界が夢界層なんだと想っています。
なのに今日の夢は身体時間にして10分くらいなのかもしれないし、
60分くらいに顕されるのかもしれないけど、
味わった時間は5年~7年分くらいのエネルギー量を使った感触でした。
むかしコンタクトという映画で、地球的には20秒くらいの時間だったのに、
録画テープをみたら19時間録画されていたという話ありましたよね。
しかも中身は砂嵐。
ひとりひとりの概念が、一気に飛翔しているようないま。
意識の脱皮も、性格の脱皮も、人間意識の脱皮も真剣です。
不思議のかたまり地球と、そこに棲まうわたしたちも不思議繋がりです。
平常運航というのは実は、今までもなかったのかもしれません。
不思議な電気信号の波に沿いながら、奇跡的に難を逃れてきてたのかもしれない。
1秒前の決断がどう人生を左右してたのか。
無意識にいろんなモノを回避してきてたのかもしれないし。
無意識で良いヴァージョンと、自覚的にならないといけないバージョンと。
徐々に踏み込んでいる時代なのかもしれません。
もちろんずっと昔から踏み込んで生きていた人達も居られたし、
個性や、年代的別に順追って踏み込んきているのかもしれないです。
地殻変動ならぬ自覚変動。
「自覚の核がヴァージョンアップか!?」
新聞風に書いてみました。