新しいPCになってから、
わたしのコクピット(机)の配置換えが忙しい。
たかだか一個入れ替えただけで、あらゆる置物の移動が起こる。
自動的に使わないモノ、一つに纏められるモノ、
そのままのモノと分別がついてくる。
毎日、毎日使い方が変化してくるので、
その都度よき塩梅を探しながら移動している。
その合間に自身のイラストや、四コマのネタなんかも作り上げようとしているけど、
まったくもって安定しない中途半端な状態。
何かを超える手前でイライラしたり、
書き出せなかったりの出だしでつまづいている。
だいぶ前に、
テレビで泉谷しげるさんが仰っていた事を想いだす。
春夏秋冬ってずっと歌っているけど飽きないんですか?
みたいな話の流れで、仰っていたのが「飽きるときあったけど、飽きる限界を超えるともう一生飽きないから、いつでも飽きずに歌える」と言っていた。
墨絵の先生が生徒さんに言っていた言葉で「あなたが気に入らない結果になったとしても、やり続けなければならない」と言われていた生徒さんが居た。
これはね、忘れることのできないシーン。
飽きる話と違うけど、いままで気に入らないと想ってしまったり、
縁がなかったんだと想ったり、うまくいかないから、
これじゃないんだと想いすぐに止めてしまうわたしがいた。
生徒さんの後ろ姿、先生の言葉を傍からみてると、
まるで昔のわたしが言われているように想えた。それからちょっとづつ試してゆく事や続けてみるというスタミナが養われたように想う。
そー想うと、お母さんとかって、
気に入らなくとも食事作り続けたり、洗濯したり畳んだり家庭仕事は永遠に続くと想うと、これも飽きたというのを超えた結果の日常世界が成り立っている。
ときめきを大事にとか、新鮮さを大事にってところにはまってしまうと、
作り損ねてしまうのが信頼世界。
生きるというのもそういった事なのかなと想った。
今日はなんと「地球には、地球人しか住めないんじゃないか!」と、
なんだか怒りのようなものがあがってきた(笑)
きっと根底にある生きる事に対して、信頼が持ててなかったのかもしれない。
ひしひしと観じている変化の吸引力。
変化の先取りをしている身体の抵抗に驚いていると同時に、
わかるわかる!だって知らない世界だもんね。
と、幽体離脱しているようなわたしがわたしの身体を諭している(笑)
抗わず、リセットに合わせておこう。
どんなグッリッドへと導き出せるだろうか。
コクピット整理中の時に浮かんだ、わたしのイメージ画像。
こんな風に壊したくなる瞬間があります(笑)
この画像と内容は無関係です。