SpaceOpera 的視点

夢観察師として夢の世界を研究中/夢解き/夢リーディング

夢のパズル

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一個前のblogに書いた記憶の話。

同じような夢を観たという連絡があった。

 

流れ星がいっぱい流れていて空を眺めていた夢をみた。

地球でない地表の上で住んでいた。

 

半円ドームの建物、ガラス張りの建物。

 

宇宙図書館という場所に入ったら、中は外で星がいっぱいあった夢を思い出した。

 

以上。

 

なかなか面白いと想いました。

 

ていうか、ブログ読んでくれているんだ。という感動の方が大きかった(笑)

一応アクセス数とかみれるらしんですけど、ハテナblogに変えてから気にならなくなって気が付けばアクセス数みなくなってたんですね。

みても誰が観てるのかもわからないし(笑)

 

ただこうやって反応してメールくれたり、読んでますという声戴くとめちゃくちゃ嬉しいですし、めちゃくちゃ励みになります( *´艸`)

 

前も書いたかもしれませんが、夢の裏と表というのがあって、例えばわたしが裏を観てたら、誰かが表を観ていた。

表の地上の夢を観ていたら、裏の地上の夢を観ていた。

地下世界の裏と表、海面から上、海面から下の夢の答え合わせができた事が現実であったんですね。

 

その人もよく変な夢をみるーって軽いノリで話してたんだけど、わたしが観た夢の話をしたら相手が地表より上の話で、わたしが地表より下の話で、ゴールが地上に繋がるという結果に辿りついた事があって、二人でゾッとしていたという事があった。

シンボルが太陽だったんですね。

 

太陽を運ぶという夢。

 

詳細を書くほど覚えてないですし、体力がないので割愛しますが、

その時ちゃんとセットになるんだなーと、

漠然の世の中のセット感を覚えた時となったのです。

 

今日は本当にいろんなラインメッセージが届きました。

面白かった。

 

そのやり取りの中と、友人とちょっとお茶してお弁当買って帰ったりしている流れの中で、やっぱりわたしは楽しく生きて生きたいと実感しました。

 

それは世間の事情を無視するという事ではありません。

 

世間の事情はありますから、

そこはマナーと節度をもって共生したいと想っています。

 

で、わたしが言っている楽しく生きたいというのは、

パリピになりたいと言っているのではないのです。

 

わたしはわたしの人生しか味わえないので、

誰かの基本が栄養源となっていては楽しく暮らす事はないのです。

自身の基本を知りながら、探しながら太くしています。

これは誰かの基本というのを別の角度で言えば、両親という事にもなりえます。

両親の言う事を聞く、両親の眼鏡にかなう相手を探す、親が良いって言えば。

親の判断待ちとか。

 

これも愛情という側面ではあるけれど、

決定権を他人に渡しているという事にもなっている。

アカウント乗っ取られている。

コクピットに違うやつが乗っているという話を時々します。

 

人生の主人公は、身体世界の味わっている本人、観察している側である事。

 

観察軸を社会の方にうつしてしまうと、常に荒波状態。

社会は常に株と一緒で動いてる。

(株やったコトありません、ちょっとかっこつけました)

それを観ている方が本丸である事。

 

最初っから肉眼観察、知覚の操縦がうまいわけはないので、

操縦するまでには訓練も現場も必要となります。

いろんな季節、時代を体験し応用編や、柔軟、臨機応変という技を覚えてゆく。

で、どんどん行ける範囲が伸びてきて、水陸両用、空中を越え、

宇宙兼用というようなヴァージョンなのかな。と想っている。

で、逆バージョンもそれにはあって、

宇宙専用だったモノが水陸両用を覚えはじめているケースもある。

それがいろんなチャイルドと呼称されているタイプなのかなと思う。

 

 

世の中にはいろんなタイプが存在している。

 

勉強のやり方だって、

覚え方だって、ごはんの食べ方だって、味覚だっていろいろ。

夢の観方だって本当に様々で、これまでいろいろ聞いてきたけど。

身体が持っている蓄積力というか、記録力というか、受信力、創作力、

それらをまとめて創造力と言っているように想う。

 

わたしはこれまで自分の創造力を嘘なんじゃないかなと思って生きてきたので、

いまこの時期に、ではそれを反転させていいのではないか。

一度大ウソつきになってみる事で、

制限かかったところが外れるんじゃないかと強く想ってきている。

ただあいつ嘘つきだ。と呼ばれることを想像すると、胸がいたい(笑)

 

でもよくよく考えてみたら、世の中に本当の事ってないんだなと気が付く。

仮に今本当でも、明日には嘘になったり、違う結果が出てきている。

だから結果の連続で、本当と呼ばれるようになるには、

幾つもの時代を超えてきた耐久性のある結果の事なんだなと。

何時までも語り継がれているモノ。

 

そんな事を真剣に考えながら、創作しながら、

迷いながら寝ながら過ごしているのであった。

急ですが終わります。

 

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