先日、END展に行って参りました。
知り合いが亡くなっていたのも重なり、いろいろ考えさせられました。
インターネットが普及し、AIも生まれ、肉体的死と情報的死と別々に考えられ始め、とても不思議な分化点になってる昨今。
展示品の中には、事前にアンケートとった回答と問いが貼りだされています。
また各々の漫画家さんが描いた「死」「生」観も見れて、いろんな角度で、またいろんな回答と問いがあって面白かった。
日本は無宗教とは言われているけど、現代の若者も漫画や雑誌、ドラマや映画などで輪廻転生システムを信じていて(無意識に)
現実主義と言われてはいるモノの、貼りだされた回答には、目に見えぬ事を味わっている事や、夢でのサイン、夢で語り合うなどのモノも沢山あった。
結局、肉眼では捉えられなくても、何かしら味をわっている事を理解していて、ちゃんとそれを文字にしたり、謎として人と語り合ったりしていた。
人体と人体が離れていても、共鳴する趣味や一緒に居た時間とかで伝播しあっている。
少数が味わっているのではなくて、各々が体験済み。
ただ語り合う時間や、語る相手がいないだけなんだな。って思いました。
そういった類を話す事がNGだと思ったり、妄信したりするタイプもあるので、話す相手は選ばないといけないなってのはあるとお思う。
ちょっとだけ自信が甦ったのは「夢」の話で、アンケートの半分くらいが「夢」で察知していたり、「夢」よって成仏をしたっり、謎が解消されたりということ。
ここ数カ月、わたしも夢の記録をしてなくて、距離を置いていたけど。
こ回答を見て、やっぱり人体、人類って高機能な生態なんだなって思えました。
時間を時間として身体は捉えていなくて、記憶も時間軸に法っているのではなくて。
物理現象が起こって初めて、記憶を創造したりもしている。
けっこう欺かれていますw自分にも、記憶にも、創造力にもw
こわいわ…。w
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